Scene 5-1 妖々夢

咲夜：「お嬢様の気まぐれにも困ったものだわ･･････」

レミリアが博麗神社にいる同時刻、 十六夜咲夜は、先ほどから幻想郷の新聞記者の取材を受けていた。

用事があって外出しているのに、目障りな事この上ない。

レミリアは自分が神社に行く際に、この新聞記者がついて来ないよう、咲夜に押し付けてきたのである。

だから、『咲夜に着いて行けば交渉するところが取材できる』と、わざわざ教えたのだ。

文：「ちょっと聞いてるんですか？　咲夜さん？」

咲夜：「聞いているわ。　私も用事が有って外出してるんだから邪魔しないで欲しいんだけど」

文：「聞いてますよ。　演奏会への出演交渉ですよね？ そちらへも、こっそりとついて行って良いと、許可を頂いてます」

咲夜：「これのどこが、こっそりなのかしら？　交渉に失敗したら貴方が責任取りなさいよ」

文：「だって、咲夜さんが行き先を教えてくれないからじゃないですか。 　行き先教えてくれたら、後をこっそり着いて行きます」

咲夜：「別に教えなくたって、こっそり着いて来れば良いでしょ？」

文：「巻かれたら、困りますから」

咲夜：「用心深いのね」

文：「お互い様ですよ」

おそらく悪気は無いのだろう。 文はニコニコと笑顔を浮かべて答えた。

咲夜は大きくため息をつくと、ある封書を文に見せる。

文：「これは？　このお名前の方が今回の交渉相手ですか？」

咲夜：「そうよ。　でも依頼するのはその従者。 　従者の出演は、主人の許可を得ないとダメでしょうしね」

文：「なるほど、将を落とすにはまず馬からと、そういうわけですね」

咲夜：「使い方は間違っていないけど、それは馬の方に失礼よ･･････」

Scene 5-2 白玉楼

白玉楼へ続く黄泉の階段。 　何時きてもここはなぜか肌寒い。

それは生者が来てはならない場所。 現世と冥界をつなぐ階段。

その上りきった先にある、白玉楼。 西行寺家のお屋敷。

西行寺家の当主、西行寺幽々子は今日も縁側でお茶をすすっていた。

そこには見渡す限りの美しい庭が広がる。

二百由旬といわれるこの庭は、ここに使える庭師、魂魄妖夢によって管理されている。

その妖夢は、幽々子がのんびりとお茶をすする中、庭木の手入れをしていた。

カラリ･･････。

白玉楼に近づくものに対し反応する鳴子の音が鳴る。

いわゆる結界のようなものだが、ここでは玄関チャイム程度の扱いしか受けていない。

それほどこの場所にやって来る外敵はいない。

あの春を集めた事件以外は･･････。

それ以前に、この屋敷の主である西行寺幽々子、 普段はとぼけた感じではあるが、研ぎ澄まされた感覚の持ち主でもある。

冥界の住人、死を操る能力。

生者の誰しもが恐れる能力をもつが、その悲しき過去は西行妖と呼ばれる妖桜の下に眠っている。

一方、魂魄妖夢は、先代よりこのお屋敷と、西行寺幽々子に仕え、 この広い白玉楼を管理する庭師。

半分人間で半分幽霊。つまり半人半霊。

・

幽々子：「あら、珍しいお客様ね。　二人いるようだけど」

妖夢：「二人ですか？」

その手を止め、妖夢は首をかしげる。

一人はよく知った者の気配。 　だが二人目の気配を悟ることは出来ない。

幽々子：「二人目は気にしなくて良いわ。 　妖夢、階段まで出迎えておあげなさいな」

妖夢：「はい、幽々子様」

幽々子：「私はお茶の用意でもしてるわね」

妖夢：「幽々子様、お客様用のお茶っ葉の場所とかわかります？」

幽々子：「･･････、そういえば知らないわねぇ」

妖夢：「･･････、いいです。　帰ってきて私がやりますから」

幽々子：「お客様用の『お茶菓子の場所』ならわかるんだけど」

妖夢：「何で『隠してあるお茶菓子の場所』を知ってるんですか？」

幽々子：「･･････、妖夢には教えてあげなーい」

妖夢：「はぁ･･･、お客様の分まで食べないでくださいね」

幽々子：「早く戻ってくるのよ〜」

・

冥界に昇る魂魄達と共に、生者である咲夜も白玉楼へと続く階段を上がる。

生者の気に当てられ、魂魄たちもざわついていた。

咲夜：「相変わらず嫌な場所ね･･････」

咲夜の隣を物珍しそうに飛び回る魂魄を軽く手で振り払い、ぽそっとつぶやく。

妖夢：「文句が在るなら来なければ良いのに･･････」

その頭上で、咲夜のつぶやきにあきれるように応える声がする。

咲夜：「あら妖夢。　こんにちは。　相変わらず陰気くさいわね、ここは」

妖夢：「陽気な冥界があったら教えていただきたい」

咲夜：「在るじゃない、貴方のおうちとかとても陽気よ」

妖夢：「それは幽々子様のことを言っているのですか？」

咲夜：「そんなつもりは無いわ」

妖夢：「やれやれ、此処は生者がくる場所ではないと言っているのに、どうしてあなたや、霊夢や魔理沙は遊びにくるのですか･･････」

咲夜：「そういう事は、ここの結界を元に戻してから言った方が良いんじゃないかしら」

妖夢：「そのことを言われると返す言葉がありません･･･」

咲夜：「まぁ、あなたの所為ではないしね･･････。 　それに、たまにしか来ないお客様なんだから、少しはもてなしなさいな」

妖夢：「貴方はたまにかも知れませんが、最近では全然「たまのお客」じゃないんですよ」

咲夜：「大繁盛なのね」

妖夢：「大繁盛じゃ困るんです！ 　っと！　そうだ、早く戻らないと。 　貴方に出すお茶菓子がなくなってしまいます」

咲夜：「それは一大事ね」

駆け出す妖夢のあとを、クスリと笑い咲夜は着いていった。

Scene 5-3 白玉楼の座敷

白玉楼の座敷。 咲夜はそこに通されていた。

開け放たれた障子からは、自慢の庭を見ることが出来る。 先ほど幽々子がお茶をすすっていたのも、この座敷の縁側であった。

幽々子：「まぁまぁ、珍しいお客さんね。 　粗茶しか出せないけどゆっくりして行って。

　あらぁ、妖夢。　何で私のお饅頭がかじりかけなのかしら？」

妖夢：「戻ってきたら、お客様に出す分と、かじりかけのお饅頭しか残ってなかったからですよ」

幽々子：「あら？　ネズミかしら？　お饅頭食べるなんて」

妖夢：「口元に餡子ついてますよ、幽々子様」

幽々子：「あらぁ？　どうしてかしら？」

咲夜：「あの･･･、もしよろしければ私のをどうぞ」

幽々子：「えっ、いいの？　悪いわねぇ。 　このお饅頭は本当に美味しいのよ」

そう言う幽々子に悪びれる様子は一切無い。 　ついでに言えば自白してしまっている。

妖夢：「咲夜。　甘やかさなくて結構です。　 本当に、お客様のお茶菓子まで食べてしまうなんて、恥ずかしい･･････」

幽々子：「もう、妖夢は怒りんぼねぇ」

妖夢：「誰の所為だと思ってるんですか？」

咲夜：「あの･･･、そろそろお話をしてもよろしいかしら？」

幽々子：「あら、ごめんなさいね。 　今日は用事があってきたのよね。 　で、なぁに？　用事というのは？」

咲夜：「わが主、レミリア・スカーレットから手紙を預かってきております。

　西行寺家の当主である幽々子様に、折り入って相談があると申しておりました」

幽々子：「妖夢･･･」

幽々子は妖夢に合図する。 横に控えていた妖夢は、咲夜から手紙を受け取ると慣れた手つきで封書を開封し、幽々子に渡す。

幽々子：「なになに。　へぇ〜、レミリアがねぇ･･････。　面白そうねぇ･･････。 　ふ〜ん。

　･･･妖夢、このお手紙は私宛だけど内容は貴方に対してのものよ」

そう言い妖夢に手紙を渡す。

妖夢はふんふんと頷きながら、手紙を読んでいった。

幽々子：「早い話が、咲夜。　貴方、妖夢に演奏会の出演依頼をしに来たのよね」

咲夜：「はい」

幽々子：「私は構わないわ。　妖夢、折角だから行ってきなさいな」

妖夢：「えぇっ、でも私生まれてこの方、剣一筋で楽器など触ったことも無くて･･･」

幽々子：「だからよ。　妖夢。 　永い時を生きる私達だもの、そういった娯楽も必要よ。 　それに剣以外の事を知らないなら、尚更学んできなさい」

妖夢：「しかし、それなら幽々子様もご一緒に･･･」

幽々子：「レミリアが私を誘わなかったのは、『紅魔館の演奏会に白玉楼の主である私が出ると角が立つ』と、そう配慮してのことよね？　咲夜？」

咲夜：「はい」

幽々子：「それならば、私が出るのは場違いだわ。 　その代わり、私は貴方の演奏を聞けることを楽しみに待つことにしましょう。

　レミリアは妖夢にしか出来ないと思うから、咲夜を使いによこしたのでしょう？

　妖夢･･･、貴方が望まれているというのであれば、それに応えなさい」

妖夢：「幽々子様･･････。 　解りました。

　それでは、演奏会までの間はお世話することは出来ませんが、幽々子様お一人で身の回りのことをお願いします」

幽々子：「･･････？　えっ？　何でそうなるのかしら？」

妖夢：「きちんと手紙読んでなかったんですか？ 　楽器は紅魔館に在るから、紅魔館で寝泊りして練習するんですよ」

幽々子：「困るわ！」

妖夢：「即答ですね･･････」

幽々子：「食事だけでも作りに帰ってきて、妖夢〜。 　庭掃除とかはいいから〜」

妖夢：「先ほどの威厳はどこへいったんですか･･････」

幽々子：「威厳じゃお腹は膨らまないのよ」

妖夢：「はぁ･･･、それに、３食作りに帰ってきたら練習できませんよ」

幽々子：「おやつも〜」

妖夢：「･･････。 　ということです。 　私としても参加したいのですが、幽々子様の世話があるので無理そうな感じです」

咲夜：「困ったわ･･････。　貴方にしかできない楽器なのに」

妖夢：「そう言ってくれるのは有り難いのですが･･････。 　って、そういえば何の楽器かよく解っていないんですけど。

　何ですか？　シロフォン、ビブラフォン、グロッケン などをお任せすると書いてありましたが･･････」

咲夜：「そうねぇ、たとえば此処にも結界用の鳴子があると思うんだけど、木片を叩けば音が出る。

　大きければ低い音、小さければ高い音。 　シロフォン（木琴）は、その木片を音階に並べて、それをバチで叩く楽器。

　ビブラフォン（鉄琴）はそれが金属に変わったもの。 　これらは、両手ですばやく正確に鍵盤を叩く必要がある。

　こう言うの得意でしょ？」

妖夢：「なるほど、そういうわけですか･･････」

妖夢が咲夜にレクチャーを受けている間、幽々子は一人考え込んでいた。 考え込むという行動自体が普段ありえないことなのだろうが･･････。

幽々子：「そうだわ〜」

妖夢：「何ですか、急に」

幽々子：「いい事思いついたのよ〜。紫の家にお泊りすればいいんだわ〜」

妖夢：「･･････、まぁ、紫様の所なら安心ですが。 　正しくは紫様の式に世話になると言った方が良いと思います」

幽々子：「同じようなものよ。　そうと決まれば、紫の所にお願いに行くわよ〜」

咲夜：「そういうことであれば、依頼した手前、私もお手伝いさせていただくわ」

妖夢：「ありがとう。咲夜に来てもらえば話が早いです。　準備が整ったら出掛けましょう」

紫：「その必要は無いわ」 見ると天井の空間が割け、そこから八雲紫が顔を出していた。

八雲紫……、幻想郷に古くから住んでいるスキマ妖怪。 あらゆる境界を操る力を持つ。

妖弧を式として飼い、その力は幻想郷一とされるが、 冬眠のごとく睡眠をとっているため、姿を現す事自体が稀な妖怪でもある。

紫：「お困りのようね」

幽々子：「紫〜、丁度貴方のところに行こうと思ってたのよ」

紫：「一通り聞いていたから説明は不要よ。 とりあえず、別にうちに泊まるのは構わないわ。

　 ただし、私もほとんど寝てるからねぇ。　あまり幽々子のお相手はできないわよ」

幽々子：「いいのよ〜。　三食昼寝とおやつと夜食付ならどこでも」

紫：「貴方いつもどれだけ食べてるのよ･･････。 　うちにいる間は節食しなさい」

妖夢：「そういうことでしたら、紫様。　これを･･････」

紫：「なぁに？　このカギ」

妖夢：「白玉楼の倉庫のカギと、氷室のカギです。

　この中に保存してある野菜などの食料がありますので、足りない時は此処から出してください」

幽々子：「そうなのよ〜。　だから、いつもつまみ食いとか出来ないのよ」

妖夢：「せめてつまみ食いは、料理として出来上がったものをお食べになってください！」

紫：「妖夢、貴女苦労してるのね･･････」

妖夢：「紫様･･････」

紫：「あたしも長いこと面倒見切れないから、早く帰ってきてね」

妖夢：「はぁ･･････」

紫：「咲夜、そういうことだからレミリアによろしく。 　あの娘、こうなることが解ってたんでしょう？ 　だからうちの藍や橙には、依頼しない。　違う？」

咲夜：「そうだと･･･、思います」

少し口を濁し、咲夜は応える。

紫：「そうじゃなかったとしても、うちの式を貸す訳にはいかないけどね。

　式とは、主の為に働く物。　うちの式が、私以外の主の命で働くことは契約違反だからね。

　まぁ、あの子賢いから･･･、こういうところは･･･。 　色々と先まで読んでいるんでしょう。 　まだお子様だと思ってたけど･･････」

咲夜：「十分お子様ですよ」

紫：「そうね。 　じゃあ、幽々子は暫くうちで預かるわ。

　妖夢。　帰ってくる機会があったら、マヨヒガへいらっしゃい。 　幽々子も寂しがると思うから」

幽々子：「さびしいわ〜」

幽々子は別れを惜しむかのように、妖夢をギュッと抱く。

妖夢：「わわっ。　幽々子様･･････。 　はい。　暇を見つけて帰ります」

幽々子：「それじゃ此処でお別れしましょ。 　そこの新聞屋さ〜ん、妖夢への取材はお手柔らかにね〜」

おもむろに庭の方に声を掛けると、庭木の陰から文が姿をあらわした。

妖夢：「んなっ、写命丸文？　貴方がどうして？」

この場で驚いているのは妖夢だけのようで、おそらく紫も気づいていたのだろう。

文：「幽々子さんは、最初から気づいていたのですか？」

幽々子：「此処は冥界。生者の気配はわかりやすいのよ。 　最も妖夢は解らなかったみたいだけどね」

妖夢：「幽々子様！」

幽々子：「まぁ、そういう所も含めて修行してきなさい。 　

他人を見、他人の気を感じ、他人を学ぶこともまた修行よ」

妖夢：「それでは、幽々子様」

幽々子：「じゃあね、妖夢。　演奏会楽しみにしてるわ」

幽々子は紫とともに、そのスキマから消えた。

妖夢：「それでは私も準備してから向かいます。 　しばらく家を空けると言うことなら、色々と片付けていきたいので」

咲夜：「手間をかけさせてしまって悪いわね。 　では私も次の依頼先に行かなければならないから、これで失礼するわね」

妖夢：「貴方も忙しいな･･････」

咲夜：「お互い困った主人を持つと苦労するものね･･････。 　文、貴方はどうするの？」

文：「妖夢さんの取材はまた後にします。 　次の依頼先での交渉を見ておかないと記事に出来ませんから」

咲夜：「そう、じゃあ行きましょうか」

妖夢：「では、またあとでお会いしましょう。 　お二人ともお気をつけて」

Scene 5-4 西行の名を冠する妖桜の元で

紫はそのままマヨヒガに行かず、この高台の桜の巨木の元に来ていた。

幽々子が、白玉楼を離れる前に行っておきたいと駄々を捏ねたからである。

この妖木、西行の名を冠する妖桜、西行妖。 　ここに何が眠っているのか、それは当主の幽々子でさえ忘れてしまっていること。

･･････、正しく言えば、忘れているのではなく、その記憶さえもがこの木の下に埋まっている。

記憶が無いのならば、忘れているわけではないし、当然、思い出すことなどできるはずも無い。

だが幽々子は白玉楼を離れる前に、ここに来たいと言った。

紫にとってもここは縁のある場所。 　何も言わずにスキマを繋げ、今こうして二人で白玉楼を見下ろしていた。

眼下に見える西行寺のお屋敷。 　その庭で妖夢が一人、手入れした庭木の切り屑を片付けていた。

あの子のことだ、出かける前に一通り掃除をして行かないと気が済まないのだろう。

そんな姿を見ながら、幽々子は紫に話し始めた。

幽々子：「何時も在ると思っていたものが無いということは、寂しいものね･･････。

　私には永い時間が残っているけれど、あの子は半分人間･･･。　人の時間には限りがある。 　いつかもっと大きな寂しさがくるのかしら」

紫：「そうね･･････。　あの子が幽々子の元を離れるとは思えないけれどね」

幽々子：「ねぇ、紫。　貴方は･･･」

紫：「ストップ･･･。　その先は言わなくて良いわ。 　私は貴方と約束したもの。 　いつまでも貴方を見続ける、とね。

　幽々子が飽きたって、必ずどこかに居続けるわ」

幽々子：「飽きないわよ･･･。　そんな気がするもの」

紫：「そうね」

幽々子：「ほら、私って気が長いでしょ」

紫：「そうだったわね」

紫には幽々子が言わんとしている事が解っていた。

幽々子の根拠の無い自信は、遠い昔の約束に寄縁する物である。

それは当の本人が忘れてしまっている約束。

でもその約束は、決して違える事は無く、この白玉楼の桜の巨木の下に眠っている。

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