Scene 1-1 ＜紅魔館ロビー＞

幻想郷の森の中。 湖にほど近いところにたたずむ、大きな紅い洋館。 紅魔館。

今回の話は、この館に住む主の気まぐれから始まる･･････。

紅魔館は、吸血鬼のお嬢様を当主とした妖怪が住む館。

当主の名はレミリア＝スカーレット。

運命を操作する能力を持つ彼女は、『永遠に紅き幼い月』と称される当年500歳ぐらいのお嬢様だ。

そのお嬢様が、館の者と、近隣に住む妖怪を紅魔館ロビーに集め、その前に立っていた。

レミリア：「よく集まってくれたわね。　感謝するわ。 　今日集まってもらったのは、私から一つ提案があるからなの」

訳も解らず呼び出された一同は、その言葉に耳を傾ける。

レミリア：「今度、紅魔館主催で演奏会を開こうと思うのよ。 　だから、ここに呼ばれた者は、しっかり練習するように。　以上」

提案と言うか、単なる報告だ。 さらに言えば、本人たちの知らないところで決定しているらしい。

美鈴：「あの、お嬢様？」

レミリア：「なぁに？　門番？」

美鈴：「･･･紅　美鈴です」

レミリア：「知ってるわ」

美鈴：「･･････知っているのでしたら、是非名前で呼んで頂きたいのですが」

レミリア：「貴方は主の呼び方に何か文句があるわけ？ 　別にいいのよ。　「中国」でも。

　それとも「タイ」、とか「ベトナム」とか、もはや何が何だか解らない愛称にしましょうか？」

美鈴：「いいえ！　滅相も無い。　門番で結構です」

レミリア：「で、質問があるんでしょ？　なぁに？」

美鈴：「･･････、なぜ急にこんな話になってるんですか？」

レミリア：「私がやりたいと思ったから･･･、」

言いかけて、少し考える。

レミリア：「最近、幻想郷は騒がしくなったわ。 幽霊だの、スキマだの、月の民だの、不死人だのってね。

　と言うことで、幻想郷に紅魔館ありって、周りに再度認識させたいと思うわけ。

　 ただ弾幕を打ち合うのは何時ものことだから、今回は趣向を変えて、音楽でアピールするの。

　 私たちには、それぞれに創造主から与えられた曲があるわ。 　それを演奏する事って、素晴らしいと思わない？」

レミリア：「･･･とまぁ、こんな感じじゃダメかしら？」

最後の言葉を聞こえないように付け加える。

パチュリー：「いい考えね、レミィ。　賛成だわ」

レミリア：「貴女がそんなに乗ってくれるとは思わなかったわ、パチェ」

パチュリー：「一度こう言うの、やって見たかったのよ」

少し興奮気味に話しているパチェと呼ばれたこの魔女、パチュリー＝ノーレッジは、 紅魔館内にあるヴワル図書館に一日中居るレミリアの友達である。

100歳を超える彼女だが、持病の喘息で長い呪文詠唱が出来ない。

一言で言えば、日陰魔女である。

普段の性格からすると、こう言うことは難色を示すと思っていたが、 意外にもかなり乗り気で、レミリアも逆に驚いていた。

チルノ：「でもさー、レミリア。　あたし楽器なんか触ったことも無いよ」

吸血鬼に対してタメ口をきくこの氷精は、紅魔館の近くの湖に住む、チルノと言う。

日長一日、物を凍らして遊ぶという生活を送り、それ以外のことはあまり考えていない。

レミリアに対してタメ口なのもそのためだ。

レミリア：「その点はご心配なく。 　咲夜、後の説明はよろしく」

レミリアの後ろに控えていた、メイド。　十六夜咲夜。

この館に住む、ただ一人の人間である。

しかし、妖怪以上にレミリアを慕い、彼女にために尽くす優秀なメイド。 時を操る能力を有する。

彼女は主に一礼し、その後ろからすっと前に出る。

瀟洒と皆が言う美しく無駄の無い動きをこう言ったところでも垣間見ることが出来る。

咲夜：「皆さんには、まず楽譜をお渡しするので、演奏する曲から担当する楽器を決めて頂きます。

　何か演奏できる楽器があればそちらを優先します。

　楽器の使い方などは、香霖堂の店主である森近氏に指導頂けることになっていますので初心者でも問題ありません。

　また音楽的な指導者については追々メンバーとして追加されて行く予定ですので、まずは、楽譜を読むところから始めてください。

　ちなみに、お嬢様はフルートなどの横笛を中心に演奏します。

　私は、主にピアノを担当します。

　妹様は、ドラム担当が宜しいのではないか、ということでドラム担当になっています」

フラン：「･･･？　どらむ？」

はたはたと羽をぱた付かせて、ここに住むもう一人の吸血鬼、フランドール＝スカーレットが首をかしげる。

彼女はレミリアの妹で、495年ぐらいを生きる吸血鬼だ。

物を破壊してしまう能力の為、その長い日々をこの屋敷の中に閉じ込められてきた。

最近になって、とある人間達との出会いから屋敷内は普通に出歩けるようになったが、 まだまだ一人で外出することは姉に許可をもらえていないでいる。

小首をかしげ思案する妹に姉は、

レミリア：「太鼓よ。　リズムの要で重要な楽器だわ」

と教える。

フラン：「太鼓？　叩いて音を出す、あれ？」

レミリア：「そう。　でも壊さないで叩くのよ」

フラン：「えぇ〜、難しい」

レミリア：「ドラムが上手く叩けるようになったら、色々とご褒美があるわ。　頑張りなさい」

フラン：「ご褒美って何？」

レミリア：「色々よ」

フラン：「姉さまの言うことって、いつも解らない」

レミリアは運命を操る能力を持っている。 　故に、話している相手の運命が解っている事もある。

そのため話がかみ合わないことが多々あり、 特にフランとの会話は噛み合わない事が多い。

・

一方こちらは咲夜とルーミア。 　ルーミアは、ハイハイとばかりに手を上げ、 咲夜に話し掛けている。

ルーミア：「私、クラリネット吹けるよ〜」

咲夜：「あら、ルーミア。　意外な才能ね」

ルーミアと呼ばれたこの妖怪、闇を操る能力を持っている。

チルノと同じく紅魔館の近くの森に住み、闇に誘い込んで人を食べているらしい。　 だが、楽器を使えるという話は聞いたことがない。

ルーミア：「くら〜りねっとを、こわ〜しちゃった♪」

ルーミアは、なぜか歌いだす。

咲夜：「歌うんじゃなくて吹けるのよね？」

ルーミア：「吹けるよ。

　 　ドとレとミとファとソとラとシの音が出な〜い♪」

咲夜：「ドとレとミとファとソとラとシって、全部じゃない･･････」

ルーミア：「ドのシャープとか、レのシャープとか出せるよ」

咲夜：「『ネコ踏んじゃった』を演奏する訳じゃないのよ･･･。 　とにかく、クラリネットとかの木管楽器はお任せするわ」

・

レミリア：「どうしたの、チルノ？ 　何か困ったことでもあって？」

チルノは配られた楽譜を見比べ、首をかしげている。

チルノ：「あのさ、私の曲 楽器じゃないんだけど･･････」

レミリア：「チルノ。　あなたの曲は合唱、つまり歌よ」

チルノ：「うた？　何で？　私の曲だけ歌？

　ちょっと！　楽器が出来ないからって、また馬鹿にしてるでしょ？」

レミリア：「スピア・ザ・グングニル！」

レミリアの手から生まれた赤い魔槍が、チルノの頭頂部の髪を掠め、その後ろの壁に大穴を空ける。

チルノ：「なっ、なっ、なにするのよぉ〜！」

あまりの出来事に、１オクターブほど声のトーンがあがり、おまけに最後には声がひっくり返る。

レミリア：「歌は心･･････」

チルノ：「へ？」

レミリア：「歌うこと。すなわちそれは、自らを楽器として音を奏でると言うこと。 　歌ほど繊細で、歌ほど表現力が豊かな楽器は無いのよ」

チルノ：「そ、そうなの？」

レミリア：「だから自信を持って演奏しなさい。 　この歌はこの演奏会の最後を締めくくる曲なんだから」

チルノ：「ホント？」

レミリア：「ええ」

チルノ：「レミリア。　私、間違ってたわ。　私自信が出てきた。 　私どんな楽器でもできそうな気がする」

レミリア：（まぁ、アンコールの曲だから最後と言えば最後よね。 　間違った事は言ってないわ）

レミリアは思うが口にはしない。

レミリア：「ではその意気込みを評価して、チルノはパーカッション」

チルノ：「パーカッション？」

レミリア：「ドラム以外の打楽器全般ね。 　いろんな楽器が使えて楽しいわよ」

チルノ：「おおっ、色々使えるのかぁ。　おもしろそう。　あたしそれでいい」

レミリア：「じゃあ、チルノはパーカッションに決定。　練習はフランと一緒だから、よろしくね」

チルノ：「･･････なんで？」　

レミリア：「打楽器だもの、練習は一緒でしょ？」

フラン：「姉さま、これも叩いていいの？」

チルノ：「これって言うな！　あたしは楽器じゃない！」

フラン：「つまんなーい」

チルノ：「ちょっと、あんたの妹と一緒じゃ、私死んじゃう」

レミリア：「心強い助っ人を連れて来てあげるから、少しの間辛抱しなさい。 　そうね、それまでは歌の練習をしているといいわ。

　指導してくれる人の目星はついてるから、交渉も全てあなたにお任せするわね。 　頼りにしてるわ」

チルノ：「そう？　じゃあ仕方ないな〜。　 　ま、このチルノさんに掛かればそんな交渉なんて、ちょちょいのちょいよ」

・

次々と楽器が決まっていく中、 紅魔館の二人が楽譜を見て思案している。

レミリア：「パチェはどうするの？」

パチュリー：「うちのメンバーで担当する楽器で残ってるのがヴァイオリンとベースみたいだから、私はヴァイオリンをやるわ」

レミリア：「じゃあ、門番はベース」

美鈴：「えぇ？　私の意見は聞いてくれないんですか？」

レミリア：「聞いてもいいけど、どうせ却下するわよ？」

美鈴：「じゃあ、とりあえず言うだけ言いますけど、

　華やかなヴァイオリンよりも、 ベースみたいな低くて暗い楽器のほうがパチュリー様に合ってるかなって」

パチュリー：『･･････ロイヤル・フレア』

パチュリーの放ったスペルが美鈴を包む。

美鈴：「んきゃー！　あちっ、あちっ！」　

パチュリー：「世のベースと名のつくものを演奏している人に謝りなさい。 　

　ベースは、その名の通り音楽の基礎となるパート。 　リズム、スピード、音程を司る、音楽を構成する上での重要パート。

　こう言うパートこそ、紅魔館を影で支えている貴女にふさわしいんじゃなくて？」

美鈴：「パチュリー様･･････。 　解りました、この紅 美鈴、門番の名にかけて、この演奏会を支えて見せます」

パチュリー：「物分りのいい子は好きよ。 　でも、今度あたしのこと暗いだなんて言ったら、その頭スペルカードでアフロにするから。

　･･････ロイヤル・アフロ って、なんか素敵ね。　バッハみたいで」

レミリア：「パチェ･･･、貴女もバッハに謝りなさい」

咲夜：「あれはカツラなんですよ。 　自毛であんな髪形にはなりませんから」

チルノ：「ヅラ！？」

咲夜：「ヅラとか言うんじゃない」

Scene 1-2 ＜紅魔館ロビー隣　大広間＞

咲夜：「では、紅魔郷メンバーは一通り楽器が決定したと言うことで宜しいですね？ それでは、皆さんこちらへ」

咲夜に連れられ一同は隣の大広間に移動する。

そこは、まるで楽器の博覧会のごとく様々な楽器が並んでいた。

霖之助：「お待ちしてましたよ」

広間の中央では、和服を着ためがねの男性がこちらに向けて挨拶をする。

レミリア：「ご協力感謝するわ。 　香霖堂店主、森近霖之助」

レミリアは霖之助と握手をする。

霖之助：「いやいや、こうやって楽器が並ぶというのも中々素晴らしいものだね。

　大型の楽器は、各練習部屋に運んでから調律しなおす必要があるかもしれないけど、一度こうやって並べてみて正解だったよ。

　こんなに喜んでくれるとはね」

それは、ここにいる者皆が思う気持ちでもあった。 言うなれば、おもちゃ箱を開けたときのようなワクワクがそこにあったのだから。

咲夜：「はい。　皆さんご覧の通り、楽器は全て紅魔館が調達しておきました。 　それでは各自練習を始めてください。

　練習場所もここに泊まり込んですることも出来ますし、小さな楽器なら好きな場所で練習することもできるでしょう」

レミリア：「このあと、まだまだ強力な助っ人を連れてくるから、負けないように練習しておいて頂戴。 　それでは、演奏会までよろしくね」

咲夜とレミリアの説明が終わると、 自分の楽器そっちのけで、各自思い思いの楽器に向かって駆け出す。

フラン：「姉さまー、私のどれー？」

チルノ：「あ、あたしあれ弾いて見たい」

ルーミア：「おお、でっかい楽器」

レミリア：「ふう、まるで子供ね」

レミリアは、やれやれとばかりに駆けて行ったメンバーを見て溜息をつく。

咲夜：「そんな事言って、お嬢様も楽器に触ってきて良いんですよ」

レミリア：「わ、私は子供じゃないもの。 　でも、どんな楽器があるか主催者として知っておく必要があるのは間違いないわ」

レミリアもすたすたと楽器のほうに歩みだす。

美鈴：「あの…咲夜さん」

咲夜：「はいはい。　あんたも好きな楽器触ってきていいわよ」

ため息混じりに咲夜が答えた。

美鈴：「わーい。　私にも触らせてくださーい」

咲夜：「あんなでっかい子供までいたとはね……」

やれやれといった表情で咲夜は新たに駆け出す子供を見つめ、

咲夜：「皆さん音を出す時は、森近さんに説明を受けてからにしてくださいね〜」

と、紅魔館の子供達に声をかける。

大広間ではまるで幼稚園のような光景となっていた。

霖之助は保父さんのごとく子供達に引きずり回され、楽器のレクチャーに大忙しだ。

それを咲夜は保母ような眼差しで見つめる。

パチュリー：「レミィまではしゃいじゃって･･････。 　もしかして、主催者が一番楽しんでない？」

咲夜：「あたりまえですよ。 　主催者が一番楽しめなくてどうするんですか？

　それに、音楽って音を楽しむって書くでしょう？ 　こう言うときが一番楽しいんですよ」

パチュリー：「･･･そうね。　こう言うときは楽しんだ者が、一番得をするのかもね」

楽器に触れ音を出す。 たったそれだけのことが、音楽という世界の扉を開け、結果その世界に引き込まれてしまう。

音楽を始めるきっかけと言うのは、そういった些細なことなのかもしれない。

少なくとも、ここにいる者達は少なからず音楽と言う物の扉を開けているようだ。

咲夜：「パチュリー様は宜しいんですか？」

パチュリー：「子供じゃあるまいしね･･････。 　それに一応楽器の使い方は知ってるし。 　あとは実践だけだから、空いた時間にでも弾くわ。

　それよりも、貴女のピアノが聞きたいわね。 　担当するって事は弾けるんでしょ？」

咲夜：「ええ、ピアノはメイドの嗜みですから」

咲夜は大広間の隅に置かれたピアノに向かい、その蓋を開ける。

三本の足に支えられた重厚なる木製の黒塗りの大きな箱･･････グランドピアノ。

独特のゆるい曲線を描いた箱の中には黄金色の弦が張られ、奏でられる音を待ちわびていた。

咲夜は静かにピアノに向かうと、

ポロロロ･･････。

その指で音を紡ぎ出す。

パチュリー：「ショパンの･･････、幻想即興曲」

流れる旋律に乗りピアノの音は加速する。

心をつかむフォルテ、優しく撫でるピアノ。

多彩な表現が、聞くものを魅了し離さない。

そこにいるものが、ただ咲夜のピアノを聞き、その旋律に身を任せていた。

かくして、紅魔館を揚げての大プロジェクトは、 この幻想即興曲のごとく、やがて大きなうねりとなって行くのである。

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